自分が一回り成長した場所、奥多摩
私は、第八〇回多摩探検隊「掘り起こせ!幻のジャガイモ」でリポーターを務めた。この番組は、奥多摩の山奥で古くから栽培されているジャガイモ「治助」を探してリポーターが奥多摩を訪ね歩くというものだ。治助は、アメリカ大陸の原産に近いDNAを持つ可能性もあると言われ、奥多摩では家庭菜園だけで生産・消費されてきた。このため、都心ではお目にかかれない、いわば幻のジャガイモである。
二〇一〇年六月、まだジャガイモの花も咲かない頃から撮影が始まった。私にとってこの「治助」は、ゼミに入って初めて取り組んだリポートだった。
そして、初めてJR青梅線に乗った。車窓から見える緑は、どんどん深くなっていく。終着駅・奥多摩駅に降り立って、すぐに撮影が始まった。奥多摩の街を歩き、地元の方々に「治助」を知っているか、と尋ねた。返答はほとんどが「知らない」というものだった。
奥多摩町役場で、現在も栽培している農家があると聞き、さっそく役場前からバスに乗って、峰谷という集落へ向かった。バス停で、「治助」を育てている大野利明さんが待っていてくださった。これからインタビューをしていく大野さんを前に、一気に緊張が走った。カメラの前で、リポートをしなければならないという責任が重くのしかかってきたからだ。上手くリポートができるだろうか。大野さんの言葉をしっかりと引き出せるだろうか。不安は大きくなる一方だった。
ガチガチになっている私に向かって、大野さんは「緊張しなくて大丈夫ですよ」と優しく声をかけてくれた。その言葉で一気に緊張が解け、自然と笑顔になった。そして、1回目の撮影とインタビューをなんとか終えて、無事に帰路についた。
しかし、ドキュメンタリーを制作するには、幻のジャガイモ「治助」の成長をおわなければならない。それから、幾度となく青梅線に乗り、大野さん宅を訪れた。葉が出始めた時、花が咲いた時、そして「治助」の収穫の時...。最初こそ緊張していたリポートだったが、撮影を経るごとに、大野さんと自然に会話できるようになっていった。
最後の撮影は、「治助」の収穫のシーンだった。お孫さんの彩ちゃん、椋(りょ)馬(うま)くんと山間の急斜面に作られた畑に収穫へ向かった。二人とも、おじいちゃんの作る「治助」が大好きだという。収穫の時期にはいつもおじいちゃんのお手伝いをしているらしく、虫を怖がる私をよそに率先して畑に入っていた。子ども用の小さな鍬を振るお孫さんを見る大野さんは、本当に優しい顔をしていた。 最後のインタビューの中で、大野さんは作りにくいジャガイモを作り続ける理由について、「母の味だから」とぽつりと話した。少し照れていらっしゃったが、その目の中には、大野さんのお母さんがいるように感じた。大野さんから、その言葉を引き出せたことを自分ながら嬉しく思った。
最後の撮影から、およそ二カ月。ゼミ生の前で、初めて番組が試写されることになった。町役場の方にインタビューをしている姿や、実際に芋を掘っている姿。様々な場面で、皆が笑ってくれた。この時初めて、私はリポーターという役割をきちんと果たせたのだと、安心した。
今回の番組制作を通して、私は初めて奥多摩を訪れた。奥多摩の、さらに山奥で、私は一回り成長することが出来た。番組制作に最初から最後まで携わり、自分に、少し自信がついた。
すべての撮影を終え、奥多摩から家路に向かう電車の車窓から見える山々は、なんだか昔から馴染みの景色に思えた。